倒馬の意味②

調べた範囲での主だった主張をまとめてみるとー

李国政氏

董先生は大変に馬が好きで、奇穴名にも足駟馬、指駟馬、馬金水、馬快水等「馬」に因んだ名前が多く、そのため針法にも「馬」の字を当てた。馬は走るのが速いため、つまり即効性があるという意味がある。また四本足で走る馬は足が一本でもかけたら倒れてしまう。倒馬とは文字通り馬が倒れることであり、董氏奇穴は三本取穴を主体としているのはその為で、二本で取穴するのは特例である。

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一方、楊維傑氏はこれに対し以下のように反論している。要約するとー

倒馬とは馬が三本足になると倒れるからだというのならよっぽど二本にしてしまえばいい。このような笑い話を最近よく耳にするが、これはまったく「倒馬」の意味を理解していないか、国語能力に欠ける無責任な発言だ。

かつて董先生は臨床で「倒馬」という言葉を日常的に使っていたが、董先生の唯一の著書である《董氏針灸正經奇穴學》においてもその単語を見出すことはなく、その代わりに「回馬針」という言葉が二箇所に見られるくらいである。1975年に出版した私の著書である「針灸経緯」にて「倒馬」について詳しく述べているが、その当時董先生はまだご存命であり、董先生の同意を得て世間に広まった。

「倒馬針」とは「回馬針」と同義語であり、倒馬の「倒」は倒れるの「倒」ではなく、ひっくり返す・戻る・反回を意味するの意味である。董先生には山東訛りがあったが、「倒」は四声で発音するものであり「回」を意味する。つまり倒馬針とは回馬針であり、更にこの「回」には針の捻鍼方向とも関わる深い意味がある。

また古典小説の中でよく見かける言葉に「回馬一槍」というのがあり、「倒馬一槍」と書かれている場合もあるが、どちらも一緒で技があるとか威力があるという意味である。

http://bbs.iiyi.com/thread-2192271-1.html


つまり「倒」は三声ではなく四声で発音するべきで、分かりやすく日本語で表現すると「橋」と「箸」ほどの違いがある。「倒」の意味するところは倒れるではなく、「反回」する「導転」の意味があり、また董先生が臨床時によく使っていた言葉を、「鍼灸経緯」を出版したことで初めて世に知れ渡ったと楊維傑氏は主張しているのである。

董氏奇穴の門派はこのような調子で、同門同士で色々と意見が分かれることが多く、本当のところは結局良く分からないことが多い。各先生方はそれぞれが自分こそは本流だと言わんばかりに主張するので、学ぶ側としてはとりつく島もない。董氏奇穴の門派に関する諸問題はまた別の機会に書くとして、私見として倒馬についてまとめると、倒馬針法には狭義的な意味と広義的な意味があり、治療穴の近隣に追加的に二・三本加えて刺激量を増やすのが「小倒馬」であり、内三関・三黄穴などのように同経絡や同区域線上で広範囲に三本取穴するのが「大倒馬」がある。そこに三才的思考があるだの、陰数・陽数だのと解釈しだすとキリがないが、馬丹陽天星十二穴の歌訣「三里內庭穴,曲池合谷接,委中承山配,太衛昆崙穴,環跳與陽陵,通里並列缺;合擔用法擔,合截用法截」の大意と同義的に捉えることができると思われる。

まとめると董氏奇穴の特徴にはー①患側ではなく健側に取穴する巨刺を基本とする。②経穴や経絡に取穴するというよりは区域的に取穴している。③補瀉を重視しない代わりに倒馬針法を重要視する。以上から考察すると董氏奇穴は「経刺」に限って言えば、気の補瀉というよりは気の牽引を重視していると言って差し支えないと思われる。つまり倒馬とは馬(気)を、連れて帰(回)るというイメージが妥当かと考えられる。

さて、「倒」は三声では無く四声だと主張している楊維傑氏であるが、台湾留学当時の講義では日常的に三声で言っていたような記憶がある。何故なら私自身が三声で憶えているからだ。もし最初に四声で聞いているなら四声で記憶しているはずである。当時の講義内容を録音したテープが確かまだ残っているので確認すれば分かることだが当分そんな時間はなさそうである。

因みに今「倒馬」でググってみると、多くは「馬英九を倒せ」的な記事が沢山出てくるので探すのが面倒である。